救いの三段階

救いの三段階

<1>義 認
義認とは、信仰により神との関係が正され、罪を赦されることで、福音を受け入れた瞬間に起こります。

※上記の聖句は、聖書研究ソフト「聖書Navi Active」により検索、抽出しています。

[補足] エフェソの信徒への手紙2:10
なぜなら、わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。

[参考] 福音の三要素
1.キリストが私たちの罪のために十字架で死なれたこと、
2.死んで墓に葬られたこと、
3.3日目に復活されたこと。
→ローマの信徒への手紙1:17
福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。
→コロサイの信徒への手紙1:23
ただ、揺るぐことなく信仰に踏みとどまり、あなたがたが聞いた福音の希望から離れてはなりません。この福音は、世界中至るところの人々に宣べ伝えられており、わたしパウロは、それに仕える者とされました。

※福音:ギリシア語「euaggelion」(→エウアンゲリオン=「eu(よい) + aggelion(知らせ)」)=「よい音信good news」=イエス・キリストによってもたらされた人類の救いと神の国に関する喜ばしい教え。

<2>聖 化
聖化とは、神の業である義認の結果、罪から解放される、つまり、私たちがキリストに似た者になる(信仰によってキリストが私たちの内に生きてくださる=内住のキリスト:Christ in us)ことです。

私たちは信仰によって義とされ、罪を憎む者に変えられているにもかかわらず、私たちの体の内面には罪の性質が深く残っています。パウロは、「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです(ローマの信徒への手紙7:15)」と、聖化を求める人の苦しみについて記しています。さらに、同8章で、「従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません」と、聖霊によって内面が聖化される喜びについても記しています。聖化も、義認と同様に信仰により、神の賜物(神の恵み)によって実現します。
→ローマの信徒への手紙6:22
あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。

<3>栄 化
聖化の次の段階が、栄化です。
(1)テサロニケ信徒への手紙Ⅰ4:16~17
すなわち、⓵合図の号令がかかり、大天使(ミカエル)の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、⓶キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し(栄光の体に蘇えり)、それから、⓷わたしたち生き残っている者が(生きたまま栄光の体に変えられ→栄化)、⓸空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲(=栄光の雲→「シャカイナ・グローリー」※1という特別な主の栄光の現れを表している)に包まれて引き上げられます(→一挙に、一緒に、引き上げられ-携え挙げられ[=携挙]-ます)。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。

(2)コリントの信徒への手紙Ⅰ15:51~53
わたしはあなたがたに神秘を告げます。わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません(→イエスが再び来られる時、生きているそのままで天の霊的な体へと変えられる者たちがいるとパウロは教える)。
わたしたちは皆、今とは異なる(朽ちない)状態に変えられます(→栄化:栄光の姿、救いが完成した状態)。最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、⓹一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは(血肉の体でない、朽ちない体に)変えられます。この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります。

※1:シャカイナ・グローリー
神の臨在が人間に知覚できる現象となって現れたもので、光、火、煙、雲、雷、雹、角笛の音などがあります。「シャカイナ」の語源はヘブライ語の「シャカン(隣人の間に住む)」、そして英語の「グローリー(栄光)」で、この2つの言葉を組み合わせて、「神の臨在に伴う栄光」という意味です。

聖書に出てくるシャカイナグローリーの例としては、エジプトを脱出したイスラエルの民を荒野で導いた「雲の柱と火の柱」(出エジプト13:21〜22)や、モーセがシナイ山で神から律法を授かる時に現れた「雷鳴と稲妻と厚い雲、角笛の音、火、煙」(同19:16〜20)などがあります。